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欧州生化学連合特別会議「2023年スフィンゴ脂質生物学:新時代の夜明け」に参加して

2023.12.22

花田賢太郎(国立感染症研究所)

2023年10月8-13日にかけてポルトガル領マデイラ島フンシャル(Funchal)にて開催されたFEBS special meeting “Sphingolipid Biology: The dawn of a new era”に参加したときのことをご紹介します。私としてはCOVID19発生前の2019年5月にポルトガル国カスカイス(Cascais)にて開催されたFEBS会議を最後に三年半ぶりの海外学会現地参加です。150名程度の参加者が発表会場のホテルに宿泊する合宿型で行われ、世界の最新の研究動向を勉強しつつ、顔見知りの欧米の研究者と旧交を温める一方で新たな知り合いも作れたと思います。食事時間などに研究とは無関係のよもやま話も交えながら人的ネットワークを形成していけるのがオンライン会議にはできない対面型会議の最大の利点であることを改めて実感しました。

スフィンゴ脂質の国際学会には日本からの参加者が比較的多い傾向があったのですが、今回は私と東北医科薬科大学の定年退任後に大阪大学に移られた井ノ口仁一先生の二名のみであり、この研究分野における日本の存在感が研究者人口の低下とともに下がりつつあるのかもしれません。

会議は、3つのキーノート講演、6つのセッション、2つのポスターセッション、および懇親会的な催しで構成され、一日だけ昼間に長い自由時間が設定されて観光もできるように企画されていました。

各セッションは組織委員会がアレンジした招待講演とセッション座長がポスター発表要旨から選ぶショートトークが半々と、最後に当該セッションに関してさらに討論したい課題を会場からスマホを介して集めて総合討論するという構成でした。この総合討論の方式は斬新であり、開催者側もこの試みを大切にしていたと思います。私は”Breakthrough strategies to study sphingolipids’ structure and functions”と銘打たれた最初のセッションの座長を務めて本セッションの簡単な紹介と関連する自身の成果を10分程度で紹介しました。各講演に対して多くの質問が出たので、座長はサクラ質問を用意する必要はほぼなく、「若い人からの質問をなるべく優先して取り上げる」という会議の方針に沿った交通整理役に徹することとなりました。なお、井ノ口さんは別セッションにてご自身の研究成果” Regulation of Innate Immune Receptors by Glycosphingolipids”を流ちょうな英語で招待講演し、好評を博しておりました。

10月7日に勃発したイスラエル・ガザ紛争のために参加できなくなったTony Futerman(イスラエル、ワイツマン研)の代わりに急遽Thorsten Hornemann(スイス、USZ)が講演することとなり、また、飛行機の遅延で最初のセッションに間に合わなくなった招待講演者については別セッションの講演者と入れ替えるというように開催当日にプログラム変更を余儀なくされ、私のセッション紹介スライドも開始直前に書き換えて対応しました。

会議における発表内容レベルは総じて高く、前回のFEBS会議に比べて脂質輸送タンパク質とジヒドロセラミド不飽和化酵素に関する話題が相対的に多くなっている印象を受けました。最終日前夜の晩餐会の席では若手参加者への賞の発表があり、優秀な発表に対する定番の賞だけでなく、ショートスピーチでの質疑応答がよかったとか、聴衆者としての質問が素晴らしかったとか、いろいろな切り口で総計10程度の賞を用意してあったようです。なるべく多くの若手を奨励したい開催者側の意図が伝わってきました。

マデイラ諸島は大西洋に浮かぶポルトガル領自治地域であり、その人口約23万人の半分以上は街並みも美しい首都フンシャル周辺に住んでいるこのこと。マデイラ諸島は、亜熱帯気候に属するため、温暖さを求める欧州人の保養地になっており、観光と農業(特にブドウとバナナ)が主産業です。特殊な地理や歴史のせいなのか、フンシャルでは有色人種の現地人をほとんど見かけませんでした。

四方を海で囲まれたマデイラ島の地元スーパーマーケットを訪れてみると魚介類が豊富に並べられておりましたが、魚料理に限らずレストランの味に当たりはずれはつきものです。長らくスフィンゴ糖脂質の研究をしているAlessandro Prinetti (イタリア、ミラノ大)は、Journal of Neurochemistryを機関誌とする国際神経化学会の次期会長候補でもあって多忙のはずですが、イタリア人の血が騒ぐのか、評判のシーフードレストランを調べていたようで、お目当ての店に井ノ口さんや私と連れ立って訪れ、お勧め料理を選択してくれたのでした。店のメニューにはフリッターがtempuraと記載されており、天麩羅は本来ポルトガル語であることを思い出しました。白身魚である太刀魚のtempuraの出来立てを塩で食するのは当然おいしいとして、日本では目にしない種類のlimpetのオリーブオイル焼きも良かったです。

欧州は米国ほどに成果主義・自由主義が突出しておりません。近代科学を牽引してきた欧州文化の香気や是非はともかくとして少々貴族的な雰囲気をFEBS会議には感じます。歴史背景や母国語が異なる国々からなる所帯を互いの益になるように調整しながら連携する意識が欧州には根付いており、その底流にはキリスト教に由来する共通の世界観がおそらくあるのでしょう。そこに日本を含めたアジア諸国が溶け込むのは難しいのかもしれません。今後、基礎科学への投資が増えるのであれば、FEBSを手本とした科学研究面での領域連合体がアジアでも形成されていくことを期待します。

この思い出深い会議の成功は、スフィンゴ脂質生物学の次世代を担うであろう組織委員会の三名の中心メンバー、Liana Silva(ポルトガル、リスボン大), Giovanni D’Angelo(スイス、EPFL), Fikadu Tafesse (米国、オレゴン健康科学大)の周到な準備の賜物であり、特にLianaは自国開催ということもあって多くの役割を負ってくれていました。この場を借りて心より感謝申し上げます。

 

付記

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